侍騎兵 秀当
      



05

 秀は、自分が理性的な人間であることを信じていた。少しのこだわりがある食に対しての欲求にしても、食べる量はともかくとして、マナーはちゃんと身につけている。悪いことは悪いと言えるし、正しいことを恥じることなく実行する勇気も持ち合わせている。自分の唯一の長所だと思っている素直で正直という部分は、理性的に行動できるからこそ長所であれるのだと自負している。本能に沿って素直に正直になってしまうと、それはただのケダモノではないか。
 だが今、秀はその理性が失われつつあることを自覚していた。自覚しているのなら己を止めれば良いのだが、止められないから理性の崩壊なわけで。
 秀は、当麻と密着している身体を少し動かして探り、彼の手を握った。
「?」
 突然手を繋がれた当麻は何事かと思っただろう。当然だ。秀は、当麻から何か言われる前にと、急いで口を開いた。
「ちょっと、聞いてほしいことが。……あるんだけどさ。いいかな」
 声が上ずったのもしどろもどろなのも、わざとではない。当麻はそんな秀の切羽詰った様子に、何事だと思いつつも快く頷いていた。当麻はずっと、なんだったら自分に相談してくれれば良いのだが、と思い続けていたのだ。今の当麻は、秀が悩みを聞いて欲しいと思ってくれた、そのことを素直に喜んでいた。
 が。
 秀がその後、いつまで待っても口を開かない。
「秀?」
 当麻が痺れを切らして声を出してみると、秀の手が、繋いだ当麻の手をぎゅっと握り締めた。
 秀は、突然我に返っていたのだ。何を言うつもりだと。聞いてくれなんて言ってしまったが、何をどう伝えるのかと。結論を言えばいいのか? ばかな、そんなことを口に出したが最後、蹴り飛ばされて追い出されて絶交されるんじゃないか。二十年来の友情もなにも跡形もなく破壊されてしまうのではないか。
「……やっぱ、いいや。うん……」
「って、えっ、秀?」
 萎れた声で引き攣った笑みを浮かべて。そんな顔で「やっぱいい」とか言われても、当麻は納得できない。たった今こんなに喜んだのに、やはり自分には何も言ってくれないのかという腹立たしさ。当麻は、つい零してしまった。
「……俺では、お前の役には立てないか」
「あっ、いや、そうじゃ、なくて」
「もういいよ」
 当麻は、声が冷たい響きにならないように気をつけながら、秀の言葉を遮った。彼の気持ちを無理に聞き出すことは、本意ではない。そのはずだったよな、と自分に言い聞かせた。言えないのなら、言わなくていい。ただこうしているだけで少しでも秀が満足するのなら、こうしているだけでいい。
 当麻は繋いだままになっている秀の手を、ぎゅっと握り返した。
「別に、俺は何も気にしてないから。寝ようぜ」
 そう言って目を閉じると、秀の頭が当麻の肩にコツンとぶつかってきた。
「当麻、俺……」
 秀は、当麻のことを激しく気にしているらしい。こっちは気にしてないって言ったのに、と当麻は思うが、今の秀には何を言っても嵌っていくだけらしいな、と理解した。
「いいから。俺のことだったら気にするな。な?」
 当麻は、軽く笑いながら秀の頭をヨシヨシとなでてやった。秀が繋いだ手を握り返してきたので、当麻もそれに応えてやる。あれだ、母性本能というやつは、こういう感じの気持ちを言うのかもな、なんてことを考えながら、当麻は秀を撫で続けてやった。すると。
「当麻、俺……」
 再び秀が口を開いた。
「ん?」
 当麻は、ことさら軽い調子になるように心がけた。秀が、軽い気持ちで言いたいことを零せるように。
 すると秀は、顔を上げて、真剣な表情で当麻の目を見つめた。
「俺、今、彼女だとか好きな女の子はいないけど、恋愛ってのは毎日を生きる活力になるって思ってるんだ」
 恋愛。ん? 恋愛? 秀の悩みって恋の話だったのか? あれ?
 そんな疑問が浮かんだ当麻だったが、とりあえず秀の話の続きを聞こうと、合いの手を入れた。
「うん。言いたいことはわかる」
「ありがとう。そんでな、今、俺は、どうやら恋をしている。ようなんだ」
「えっ、なんだ、そうなのか。へぇ!」
 当麻は素直に秀の言葉を聞いて、素直に感嘆の声を上げた。のだが。
「あれ? たった今、好きな女の子はいないって……」
 流れる会話の中で、ここにすぐに気がつくのが当麻なのだろう、と思いながら、秀は口を開いた。
「だから、問題はだな、俺は今、ものすげぇ恋をしてるみたいなんだよ。心臓が破裂しそうなほどに舞い上がったり、ちょっとのことで地の底まで落ち込んでみたり、とにかく神経がイカれっちまいそうなくらいに浮いたり沈んだりしてさ」
「それは、すごい。いいな、お前、凄くいいじゃないか。羨ましいな」
 当麻の言葉に、秀が少し顔を浮かせた。
「羨ましい? 何が?」
 眉を顰めて、少しきつい口調になった秀に、当麻は少し驚いたように目を丸くした。そんな当麻から目を離さずに、秀はそのままゆっくりと身体を起こしていった。
「嫌われるんじゃないかとか、縁を切られるんじゃないかとか、そんなことばかり考えちまうんだぜ。自分がとんでもなく汚いものに思えてくる。なのに、だったらやめちまえばいいのに、どうしようもないんだ」
 言い終わった頃には、秀の身体は半ば当麻に覆いかぶさるようになっていて、横たわる当麻を真上から見下ろしていた。
 見下ろされる当麻は、秀の真剣な表情に息を呑んだ。よほど思い悩んでいるのだろう、見上げた秀は、本当に辛そうな顔をしている。羨ましい、なんて軽はずみな言葉を言ったのは良くなかったか、と当麻は思った。けれど。
「ごめん、秀。でも、やっぱり羨ましいよ。そんなに思いつめるほどに、お前はその人と繋がっていたいと思っているんだろう。それほど繋がっていたいと思える相手を、お前は見つけることができたんだろう。素晴らしいことだ、秀。お前は今、とても辛いのだろうが、その気持ちが汚いものだなんてことは絶対にない」
 秀の表情が辛そうに歪み、瞳が苦しげに揺れた。それを見て、当麻が労わるような笑みを浮かべた。
「そんなに辛いのは、お前自身が優しくて誠実な男である証だな。俺はお前を誇りに思うよ。お前はもっと自信持っていいよ。お前に思われてる人は、本当に幸せな人だな」
 当麻を見下ろしていた秀の瞳が、ぎゅっと苦しげに閉じられた。色々な想いが渦巻いているのであろうそんな辛そうな表情に、当麻もこれ以上の言葉はなく、ただ手を伸ばして、さきほどのように秀の頭を撫でてやった。
 と、不意に秀が口を開き、小さな声で何事かを呟いた。
「え? 何?」
 聞き取れなかった当麻が問い直す。すると秀が、ゆっくりと瞳を開いて当麻を見つめた。
「お前だよ」
 今度は当麻にもはっきり聞き取れた。が、意味がわからない。きょとんとする当麻に、秀は語り続けた。
「俺が好きなのは、お前なんだ」
「……」
「好きだ」
「……」
「当麻。お前が好きだ」
「……」
「どうしようもないくらいに、好きになっちまって、止まらねぇ」
 そこまで言った秀は、ただ目を丸くしている当麻に、そっと顔を寄せた。それでも当麻が動く気配を見せないのを良いことに、そのまま彼の唇に、震える自分のそれを乗せてみた。
 しっとりとした感触を味わいながら数度啄ばむと、秀の髪がきゅっと軽く引っ張られた。さっき頭を撫でてくれていた当麻の手だった。それが秀の口付けに反応して、髪を握り締めたようだ。
 秀は僅かに唇を離し、呟いた。
「ごめん。本当に止まらねぇ」
 声が妙に掠れていた。



 当麻の瞳は、丸く見開かれていた。それを見ながら少し深く口付けると、彼の瞳は僅かに細くなった。そのまま舌を追いかけて絡めると、当麻が苦しそうにきゅっと目蓋を閉じたのが見えた。
 当麻に覆いかぶさって口付けている秀は、片手で当麻の顔を支えながら、もう片方の指先では当麻の顔から耳、そして首筋をゆっくりとなぞっていった。すると当麻が、肩を竦めるような仕草を見せる。そのまま指を胸の突起付近になぞり下ろしていくと、今度は僅かに肩と背を浮かせたので、秀はすかさずそこに腕を滑り込ませ、当麻の身体をがっちりと抱え込んだ。
 そこでようやく当麻の唇を解放し、頬にかぶりつき、顎にかぶりつき、耳たぶを咥えて舌を這わせる。すると当麻の口から淫靡にしか聞こえない吐息が漏れ出して、秀の聴覚を刺激した。
「はっ、ぅあっ…ちょ、タンマ……ッ!」
 途切れ途切れの吐息の隙間でそんなことを言われたところで、聞いてるこっちは止まるどころかますます煽られる。当麻の腕がこちらを押し戻そうとするその仕草ですら、今の秀には己の欲を増幅させるものでしかない。自分の中から溢れ出すそんな衝動に溺れそうになりながら、当麻の耳元に荒い吐息を吹き込んだ。
「悪ぃ、もう無理だわ」
 言って首筋に吸い付くと、当麻の身体がきゅっと硬直した。その隙に手早くパジャマの前をはだけて、彼の素肌に掌を乗せる。そっと滑らせると小さな突起が指に触れた、その感触を少し楽しんでいると、彼の身体が控えめながらうねり、図らずも二人の足が絡まって下半身がぎゅっと密着することになった。
「バカ」「待てって」「これは行き過ぎ」「やめろって」
 そんなような台詞が当麻の声で訴えかけてきた、それは遠くで聞いていた。しかしどれも甘い吐息に混じって零れてきた声で、秀の指と舌を止めるだけの効力は持ち得なかった。
 当麻の胸元で健気に立ち上がる小さな突起を執拗に舌で転がすと、やがて彼の半身が耐え切れずに大きく仰け反った。反り返った腹を指でなぞり下ろしていくと、彼の硬くなりつつあるものに触れた。まだ下着に収まったままのそれの、根元から先に向けて筋に沿うようにして指を這わせてみる。すると小さく「う、あっ」などと当麻がうめき、下着の中がむくりと動いた。
「舐めていいか?」
 秀は思わず訊いていた。
「な、に……?」
 ぜぇぜぇと吐く息の中で当麻が聞き返してくる。だから秀は、もう一度言った。
「ここ、舐めたい。だから、逃げないでじっとしとけよ」
 秀はずっと、当麻に逃げられないようにと、彼の身体を抱え込んでいた。当麻は秀より背は高いのだが、体格は秀のほうがだんぜん良い。おまけに一方的に身体中を弄られて、当麻は完全に動けなかったのだが、これからしようとしている行為ではどうだろう、と秀は考えたらしい。
「も、勘弁、してくれ……」
 当麻は、力なく首を横に振りながら言った。
 ここまで一方的に愛撫を施されるなんて経験、この歳になっても初めてのことで、この全く慣れない行為に当麻は既にヘトヘトになっていた。抵抗しようとしても次々に痺れるような感覚が襲ってきて、身が竦む。勝手に仰け反る。声が出そうになってしまう。でも喘ぎ声なんて出したくないから耐える。声を我慢することに集中すると身体の抵抗も止まる。息が苦しくなる。それでも身体に与えられる刺激は止まらない。これ以上されると、もうどこまで耐えられるかわからない。と思っているのに、あろうことか秀は男の一番敏感な部分にまで手を伸ばそうという。
「頼む、もう俺ダメだって。考えろよ、逃げるなって、こんな、逃げないわけが、ないだろうが」
 呼吸を整えつつ、落ち着いた声音を出すように心がけながら当麻は言ったのだが、『ここ舐めたい』のまさにその部分を掌に包んで擦り続けてくれている秀の前で、その試みは見事に失敗していた。こちらは必死に言葉を絞り出そうとしているというのに、どんなに努力しても、その声は裏返るわ、変なところで声が詰まるわ、酷いときには呼吸に小さな声が混じってしまうわ、これでは真意など伝わるものか、と自分でも思う。
「ああっ、もう……っ、ほ、んと、ヤバいって……!」
 与えられ続ける快感に耐えるには、並々ならぬ体力と精神力が必要なものなのだと、今当麻は実感していた。そして、自分の体力と精神力がそろそろ限界だということも、当麻は理解していたのである。だから当麻は、非常に焦っていた。しかしその焦りがまた当麻の精神力を更に削っていく。
「ナニがヤバいんだ?」
「っ……!」
 唐突に吐息とともに耳に吹き込まれた秀の声に、当麻は思わず背筋を震わせて、小さく叫んでいた。同時に、秀の掌に包まれたままの下半身が、当麻の意思とは関係なく膨れ上がる。
 そのまま声を失い、はぁはぁと荒い吐息を繰り返すばかりの当麻を確認して、秀はとうとう、当麻の下着に手をかけた。
 下着を脱がせると、張り詰めた当麻のものが反り返って揺れた。それを目の当たりにした秀は、自分の心臓がバクバクと音を立て、呼吸が更に荒くなるのを感じた。自分の呼吸音が五月蝿く耳に響く。ハァハァハァハァと、これでは変質者かケダモノでしかない。けれど、もう止められない。止まりたくない。
「っ、秀ぅっ……!」
 聞こえてきたのは、自分を非難しているかのような、しかし甘く濡れた当麻の声。掌には、ドクドクと強く脈打つ当麻の竿。舌には、ピクピクと震える当麻自身。夢中で舌を絡めて強く吸うと、当麻の手が秀の頭を抑え、髪を掴んだ。
「んっ、……あっ……!」
 やがて当麻が嬌声を零しだした。先ほどまでは何をしようとこれだけはという感じで耐えていたのが、とうとう限界を迎えたらしい。それでもまだ、既に耐え切れていないのだが、まだ声を殺すことに集中してしまっているらしい。
「はっ、は、ぁっ、っ……んんっ!」
 当麻は変わらず声を押し殺そうと頑張っているのだが、秀の舌が当麻の先から滲み出てきた甘い汁を味わいだした頃には、その吐息にさえ甘い声が混じり出しており、当麻の限界が近いことを知るのと同時に、秀は己の限界をも感じ始めていた。少し焦った秀は、指に取った唾液を当麻の後ろに塗りこめてほぐしはじめた。
「うぁ!」
 思わず飛び出してしまった大きな声に驚いて、当麻は慌てて自分の腕を噛んで耐えようとした。しかし、呼吸に混じる小さな高い声だけはどう頑張っても抑えきれないらしく、当麻は身悶えつつ切なげに首を打ち振った。
「やばい、お前。喘いでるお前見てるだけでイッちまいそう……」
 興奮から既に肩で息をしている秀が思わず零すと、当麻の目が細く開かれ、湿った瞳が秀を見つめた。秀の中で、罪悪感と征服感がない交ぜになって大きく膨れ上がる。
「ごめん、でもやっぱ、お前の中でイきたい」
 当麻の瞳に一瞬絶望するような色が走ったが、目蓋がすぐに閉じられて見えなくなった。秀が、当麻の後ろをほぐす指の数を増やしたのだ。指が増えるたびに一段と苦しそうな表情になっていく当麻を見ると、本当に申し訳ない気持ちになってくる。しかし。
「当麻、入れるぜ」
 やがて秀が伝えると、薄く開かれた当麻の瞳が秀に向いた。何故だかその瞳に居た堪れないような気持ちになった秀が、当麻から目を逸らして、もうとっくにはちきれそうになっている自分の先端を当麻のそこにあてがうと、当麻が掠れた声を出した。
「……ちょ、焦んな……っ!」
 はあはあと甘くすら聞こえる荒い吐息の間に聞こえてきた当麻の声は、秀の耳にはっきりと届いた。焦ってなんか! と言いたい所なのだが、残念ながら無様なケダモノになり下がっている自分を頭のどこかで理解していた秀は、返す言葉もなく当麻を凝視してしまった。すると当麻が、自嘲のような笑みを浮かべた。
「……に、逃げたりしねぇし。もう。……そんな、体力も気力も、もうねぇよ。とっくにヘトヘトだっつーの、この体力バカめ」
 だから、焦らないでいいから。やるんなら、俺が壊れないように気を使え。
 それだけ言うと、当麻は震える吐息を細く吐き出して、身体の力を抜いて見せた。そうして瞳を細く開いてちらりと見下ろしてきた当麻の表情に、秀はごくりと息を呑む。
 秀は、当麻のそこに自分の先端をあてがいなおした。その瞬間、当麻の全身に緊張が走ったのがわかった。先を少し押し込むと、当麻の腰が引けていく。それを両手で押さえ込み、秀はゆっくりと当麻の中に押し入っていく。
「んっ……く、うっ……んっ……!」
 小さなうめき声を上げながら、当麻の両手が宙を彷徨い、秀の逞しい腕を掴んだ。そのまま爪を立てられて、秀の表情が少し歪む。しかし秀にとって、その立てられた爪の痛みさえ快感であった。
 当麻の中に半分ほど入った秀は、動きを止めて当麻の様子を伺った。
「大丈夫か?」
 言いながら、少し身体を引いてみる。すると当麻は、「ぅああっ」と小さく叫んで秀にしがみ付いた。
「う、ごく、なッ、ちょ、待てっ!」
 ぜぇぜぇと肩で息をしながらしがみ付くいてくる当麻は必死な様子だったのだが、しがみ付かれた秀はまた興奮を煽られた形になる。
「なんだ、抜かれたくないのか」
 こんなものをこんなところに入れられて苦しいのではないか、と自分でやっておきながら思っていた秀は、当麻の行動にそんなズレたような言葉を零したのだが、それを聞いた当麻はなんとも言えない切ない表情で秀を見上げた。
 そんな瞳で見つめられたら(以下略)
「いくぞ」
 小さく囁いた秀は、小さくうめきながら力いっぱいしがみ付いてくる当麻を、最奥まで突き刺した。
 自分の全てを当麻の中に収めた秀は、当麻の身体を力いっぱい抱きしめていた。そうでもしていないと、このまま達してしまいそうに思った。それほどの興奮。それほどの快感。
「やべぇ……当麻お前気持ち良すぎ……」
 そんなことを囁かれても、当麻からすれば決して素直に喜べるようなものではない。そんなこと知るかと思いながら、しかし声を出すような余裕もなく、何も言えないでただ喘いでいると、やがて当麻を抱きしめていた秀が、その腕を緩めてむっくりと顔を上げた。
「動いても、いいか?」
 そんなことを、塩らしく控えめに訊ねてくる。
 当麻としては絶対嫌だと言いたいところなのだが、抜くという行為だけを考えても動いてもらわねば抜けないわけで、ましてここまで来てしまった秀がそのまま抜いてハイオシマイ、ってなわけに行くはずもないだろうことは同じ男として簡単に想像がつくわけで、と考えるとここは一刻も早く秀には良くなってもらうことこそが、早急に穏便にコトを終わらせる一番の方法なのだ、と思い込むべきだという結論を導き出すほかに無い。が、今これは当麻にとって非常に恐ろしい状況にある。
「とりあえず、……ゆっくり、頼む」
 なんで俺が頼むんだ、と思わなくも無い当麻だが、ここはやっぱりお願いしておかなければ、壊されてしまっては洒落にならない。実際、今現在でもう既に壊れ掛かっているような気がしてならないのだ。これ以上少しでも乱暴なことをされたら、死んでしまう。
 当麻のそんな必死なお願いを、秀は神妙な表情で聞き入れた。
 秀にしても、既にかなりいっぱいいっぱいな状況だったのだが、それが逆に当麻にとっても秀にとっても良い方向(マシな方向ともいえる)に働いたようだ。
 当麻は言わずもがな、初めての行為で激しく動かれてはたまらないし、秀にしても、当麻の喘ぐ姿を見ただけでイッってしまいそうになっている状態で、実際に挿入したことによる快感も、これは精神的な部分も大いにあるのだろうが信じられないくらいスゴイもので、今ここで激しく動きなどしたら、それこそ瞬時に達してしまいそうだったのだ。
 せっかく挿入ったのに、そんなにすぐに出してしまってはもったいないじゃないか! ……という思考は、当麻にはバレないようにしよう、と思っている秀だった。
 秀は、彼の負担を少しでも減らせるよう、彼を傷つけないよう、そして自分がすぐに達してしまわないよう、細心の注意を払いつつ、ゆっくりと腰を揺らし始めた。
 様子を伺っていると、はじめはキツそうな表情をしていた当麻だったが、やがて少しずつ慣れてくるようだった。そうなると、腰の動きを少し大きくしてみる。するとまた驚いたように顔を顰めるが、やがて慣れてゆく。それをじわじわと繰り返すうちに、当麻の表情から、辛そうな表情が出てくる頻度が減っていくのがわかった。だからといって、やはり激しく打ち付けるのは躊躇われる。結果、秀はあまり大きくはない単調な動きを繰り返すこととなった。
 この動きは、秀にとって己を長持ちさせるものだった。しかしそれ以上に秀にとって収穫だったのは——。
「んっ、ん、ふっ……」
 呼吸と一緒に漏れる声。頬を染めて、痛みや恐怖ではない何かに耐える当麻。
 秀は、まさか当麻のこんな姿を拝めるとは思っても見なかった。
「きっ、気持ちイイのか?」
 思わず訊ねた秀の顔を、当麻がうっすらと開いた瞳で見つめた。が、文句の一つや二つは飛び出すだろうと覚悟していた秀に対して、何も言わずにすぐに顔を背けてしまった。その耳が真っ赤になっているのを、秀が見逃すはずが無い。そして、どうも悪態をつく余裕も失っているらしい、という予想。
 嘘みたいだ。マジかよ!
 そんなことを思い、秀は感動すら感じながら、必死に当麻が更に良くなるところを探り続けた。研究の成果か。やがて当麻の呼気が、徐々に荒く甘いものになっていった。きゅっと眉を顰めて頬を染め、甘い声で吐息を吐き出し悶える当麻を目の当たりにして、秀の動きも自然と早くなっていく。
「んっ、はっ、あ、あっ、んっ……っ!」
 当麻の身体を揺らしながら、自分の快感を追っていく。殺しきれない声を抑えようと、当麻が自分の腕を口元に持っていくのを、秀は制した。変わりにその腕を自分の背中に回してやる。すると当麻は、その頭を秀の肩口にこすり付けるようにしてしがみ付いてきた。湿った肌と肌が、吸い付くように密着する。
 もう何も考えられなくなった秀は、当麻の身体を力強く抱いて、思うままに突き刺した。
 当麻の口から小さな悲鳴のような声が漏れ、秀の背に幾筋もの傷が付けられた。
「あ、ん、んっ、っ、くっ、あっ…ああっ…!」 
 やがて、秀の動きにあわせて零れていた当麻の声音が突然変わり、その身体がビクビクと打ち震えた。
「っ、はっ、当麻……っ!」
 同時に、秀のものがぎゅうっと絞られ、秀はその欲情を当麻の中に吐き出したのだった。



      
侍騎兵 秀当