たからもの:027


 夢の続き
Scene 1  未だ夢も見ず
 具美琴 様



 「ねぇ、じゃあこれは?」
 「あん? お前、少しは自分で考えろよな」
 「いいじゃない、当麻兄ちゃんヒマなんだから」

 ここ柳生邸のリビングでは、週末の恒例となった、
 当麻に依る純の勉強会が開かれていた。

 毎週押し掛けて来ては、殆ど無理やり当麻に相手をさせている。
 始めは子供のする事だと大目に見ていた者の我慢も、
 そろそろ限界を迎えていた。

 「なぁ~、何時まで当麻を独占してんだよぉ~」

 秀がゲーム機を抱え、リビングに現れると同時に、
 飲み物をトレイに載せた伸も参戦する。

 「そうだよ、こんなのでもやる事あるんだから」
 「おいおい、随分な言われ様だな、俺」
 「キミなんて、“こんなの”で充分でしょ?」
 「ひでぇな、伸~」

 そんな事を言いながらも、当麻にはミルクとシロップたっぷりの
 アイスカフェオレを、純にはアイスティーを置いてやる。

 「そうだぞ、伸。 いくらこんなんでも、“こんなの”呼ばわりはねぇだろ?」
 「秀、それフォローになってないぞ」

 そうして3人の何時もの漫才が始まると、純は面白くない。
 純は当麻を独り占めしていたいのだった。

 「もぉ~、邪魔しないでよ、お兄ちゃん達ぃ。 当麻兄ちゃん、続きっ」
 「ん? ああ…」

 歳の離れた弟の様に可愛がっている当麻には、
 純の我侭を強くは拒否出来ない。
 それが解っているので、最大限に利用する純である。

 「当麻も、純には甘いんだから」
 「さっさと切り上げて、ゲームしよーぜ、当麻ぁ」

 純に当麻を取り返されて、内心不満で一杯であるが、
 中学生を相手に大人気ない事も確かで…。
 ここは引いた方が得策であった。
 純の鼻に掛けた笑みが、気に障りはするが。

 その時、表に車のエンジン音が近付き、止まった。
 間もなく玄関口に、大荷物を抱えた遼と征士が姿を見せる。

 「お帰りっ、遼、征士。 買い出し、ご苦労様」
 「ただいま、伸。 頼まれてたの全部あるか、チェックしてくれよな」
 「うん、ありがとう、遼」

 手早く荷物を確認すると、伸はキッチンに大移動を始めた。
 それを手伝いながら、征士は小声で訊く。

 「純は、又当麻にへばり付いているのか?」
 「見ての通りだよ、もう僕には手に負えない」

 何時もは無表情な征士が、目を大きく見開いて驚いた表情をする。
 伸の手に余るのならば、一体誰の手に負えようか。
 しかし、唯一人、それが出来る人物がいた。
 ここ柳生邸にいる全員が敬愛し、跪(ひざまず)く存在…。

 「何だ、純。 まぁた当麻に宿題やらせてるのか?」
 「やらせてなんて…。 教わってるんだよぉ、遼兄ちゃん」
 「全問教わってたら、やらせてるのと変わらないだろ?」
 「ん~…」

 遼が苦笑して純の頭を撫(な)でると、純は擽ったそうに首を竦め、照れていた。
 少々荒っぽく扱われても、心底嬉しそうである。

 「おぉ~い、純。 やらないんだったら、俺もう行くぞ」
 「えっ、やだやだっ。 そうだっ、遼兄ちゃんも、一緒に教えてよ?」
 「「「なっ!?」」」

 秀、伸、征士の3人の声が、見事に合わせられた。
 そうして、目線だけでの会話が始まる。

 『冗談じゃないぜぇ! こんだけ当麻を独占しといてよぉ!』
 『その上、遼までだってぇっ!? 許せないっ!!』
 『付け上がりおって…。 しかし、遼を抑え様とは、小癪(こしゃく)な』

 3人は憤りつつも、息を潜めて遼を見遣った。
 我等が大将は、如何にしてこの状況を打開するのか…。
 遼とて純には甘いので、一抹の不安と、しかし大きな期待を持って見守る。

 遼は純のノートを覗き込むと、止めていた手をもう一度大きく掻き混ぜた。
 くしゃくしゃにされながら、純は上目遣いで、遼までも落としに掛かる。
 甘えた仕種で「ね?」と、小首を傾げた。

 「もう、殆ど終わってるじゃないか。 後は自分でやりなさい」
 「えぇっ、でも後、古典と歴史があるんだよっ?」

 「遼兄ちゃん得意でしょ?」と、懇願するが、遼は無情にも首を振る。
 そうして、当麻の腕を引くと、そのまま階上へと連れて行く。

 「古典も歴史も、征士が得意だから、見て貰うといい」
 「そんなぁっ」
 「それから、純。 ちゃんと自分で考えて、自分でやるんだ。 いいな?」
 「…解ったよぅ」

 遼に殊更強く言われて、渋々ではあるが頷かずにはいられない。
 誰であろうとも、遼に否を唱える事は出来ないのだから。
 しかし、手を引かれる本人は、困惑した様な表情をして、遼を伺っていた。

 「どうした、当麻?」
 「えっ、だって、遼こそどうしたんだ?」
 「どうって?」
 「いや、勉強が終わったら、秀とゲームをすると約束していたんだ」

 ちらりと遼が階下を見遣ると、秀が「うんうん」と肯定して見せる。
 視線を当麻に戻した遼は、不機嫌そうに目を細め、顔を近付けた。
 驚いたのは、その場にいた遼以外の全員で、
 口唇が触れそうな程の至近距離に目を見張る。
 尤も、当麻自身は頬を染め、やや硬直しているのだが。

 「何言ってるんだ、そんなに眠そうな表情して。
  どうせまた徹夜で何かしてたんだろ?」
 「えっ、何で、知ってるんだ?」
 「顔に書いてあるからさ」

 遼の言に驚いたのは、またもや全員で…。
 全く気付かなかった己に、恥じ入る様だった。
 殆ど何時もと変わらない素振りに、全員が騙されていたのだ。
 そう、遼以外は。

 僅かな変化も見逃さず、自分の体調を気遣ってくれる。
 そんな遼に、嬉しさと共に、擽ったい様な感情が湧く当麻であった。

 そうこうしている間にも、当麻は遼に引き摺られて行き、
 階段を上り切った所を左に折れると、堪らず伸が声を上げる。

 「りょ、遼っ。 そっち、キミの部屋じゃないっ」

 伸の叫びにはっとした各々の目が、遼に注がれる。
 遼は、さも当たり前の様に自室への扉を開けると、
 視線だけで振り返り、言う。

 「当麻達の部屋だと、邪魔が入りそうだからな。 暫く誰も来るなよ?」
 「りょぉ~っ…」

 さっさと扉は閉ざされ、後には伸の虚しい声が響き渡った…。







うふふふふふふぅ~~v
続きも、見てね♡




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