侍騎兵 当秀  
      




 夜の柳生邸。
 時は、既に夕食を終え、それぞれが好き好きにくつろぐ、就寝までののんびりタイム。
 テレビを見たり、本を読んだり。……風呂に入ったり。


 羽柴当麻は、まさに今、入浴中であった。無心になって、ガシガシ頭を洗っている。一日の疲れや汚れを落とすのに夢中になっているようだ。
 そこへ、突然掛けられた声。
「あっれー、当麻、入ってたのかー」
 入ってたのかと言いつつ、その声の人物、秀麗黄は、遠慮する様子など微塵も見せずに、浴室へと踏み込んできた。
「何だよ、狭いな」
 泡だらけの頭を秀に向け、当麻は無遠慮な秀を軽く睨み付けた。が、秀はお構い無しである。
「ま、たまにはいいじゃねーか」
 豪快に笑われて、当麻はちょっとだけ眉を顰めたが、すぐに頭をゴシゴシしだした。


 柳生邸は、文字通りお屋敷である。風呂場も別荘らしく、一般家庭よりは少々つくりがゆったりとされている。が、さすがに大浴場ではないのだ。男二人が一緒に入ると、それなりに窮屈に感じられる。それを思ってか、秀は軽く掛け湯をすると、湯の張られた浴槽にどぷんと浸かった。その秀のことを半ば無視するように、当麻は洗髪を済ませ、今度は身体を泡だらけにしつつある。

 と、暫く黙ってその様子を眺めていた秀が、突然当麻に声を掛けた。

「なぁ、俺らの中で一番頭いいのって、やっぱおまえ?」
「当然だろう」
 何を今更。
 そう思いながら間髪いれずに返答すると、秀はうんうんと言いながら、再び質問を寄越した。
「じゃあさ、一番しっかり者って誰だろう」
 今度は当麻は、ちらりと秀を見た。何が狙いの質問かはわからんが、とりあえず考えてみる。
「しっかりもの? うーん……伸、かなぁ。一個上だし」
 その返事に満足したらしく、嬉しそうに頷きながらも、しかし、秀の質問はまだ続けられた。
「だよな。じゃあさ、一番体力があるのは、誰だ?」
 ああ、これが狙いだったのか。
 当麻は苦笑交じりに思い、その仕様の無いヤツに返事を返してやった。
「そりゃ、おまえだろ。馬鹿がつくくらいに元気だよな。餓鬼みてぇに」
「そ? やっぱり? 褒め言葉として、もらっとくぜ」
「褒めてないけどな」
「ま、いいや」
 秀は、餓鬼と言われようが馬鹿と言われようが、とりあえず満足したようだった。当麻は、ほんとに子供みたいに単純だな、などと思いながら、洗い終えた体についている泡を流し始めた。
 すると、質問はもう終ったとばかり思っていた当麻に、再び秀の問いが掛けられた。
「なぁ、じゃあさ、一番無鉄砲なのは、誰だ?」
 なんだ、まだ終ってないのかよ。
 些かうんざりしつつ、でもまぁ他にすることも考えることも無いからと、当麻は軽い気持ちでそれに応えた。
「そりゃ……おまえと遼がいい勝負だな」
「えー、俺もかよぉ?」
「当たり前だろう。おまえら二人は危なっかしくて、見てられないんだよ」
「まぁ、それをフォローしてくれる当麻がいるから、できることなんだよな、うんっ」
 何おだててやがるんだ、コイツ。
 そう思いながらも、なんとなく始まった会話に当麻は自然に応え続ける。
「判ってるなら、世話かけさせないように、少しは気を使え」
「うーん。なんていうか、世話して貰いたいんだ、きっと。ほら、好きな子にはちょっかい出したくなるようなもんでさ。俺の事見てくれよー、みたいな」
 身体に湯を掛けている当麻の動きが一瞬、固まった。
「……話が、どこかズレてないか?」
 呆けたような顔をみせた当麻に、秀が少し肩を竦めて言った。
「当麻って、頭悪いよな」
「何処からそういう話になるんだっ」
 いくらなんでも、秀に「頭悪い」と言われる筋合いは無いぞ。
 そんなことを思う当麻だったが、秀はぷらぷらと手を振りながら、飄々としている。
「ま、それもおまえらしくていいんだけどさ。あ、じゃあ、一番美人は誰だ?」
「まぁだその話かよ。……って、美人~?」
「そ、美人」
「……ナスティ」
「ナスティは別だ。俺らの中で、って言っただろーが」
 何を考えてるんだ、こいつ?
 そう訝しがる当麻だったが、秀は返事を貰うことを楽しみにしているように瞳を輝かせている。しょうがないなぁ……と、当麻はそれこそ子供に付き合ってやる心境で、応えた。
「まぁ、見た目一番綺麗なのは征士かなぁ。いや、あいつは雰囲気が綺麗なんだよな。美人っつーのは……って、真剣に考えるほうがどうかしているぞ」
 やっぱり馬鹿馬鹿しい。そう思って言った当麻だったが、秀はけろっとしている。
「そ? 俺も一番美人なのは征士だと思うぞ」
「おまえ……それ、征士の目の前で言ってみろ。殺されるぞ」
「もう言った。けど、嬉しそうにニヤニヤしてたぜ」
「げえっ。アイツ、頭おかしいんじゃねぇの」
「その台詞の方が殺されると思うぜ」
「……」
 それはその通りかもしれない。脳裏に、征士の静かに怒りを湛える瞳が浮かび上がり、当麻は背筋を震わせた。やばいやばい、今の、征士には内緒だぞ。なんてことを呟きながら、当麻は秀が浸かっている湯船に身を沈めた。
 当麻は、てっきり今度は秀が身体を洗うものだと思っていたのだが、秀は何故か当麻とともに湯船に浸かったままだった。当麻は窮屈だと思いながらも、それには黙っていた。秀だって、風呂くらい好きに入りたいだろう。
 すると秀は、また先ほどの質問を続けようとした。
「じゃあさぁ……」
「って、おまえ、何が言いたいわけ? さっきから何だよ」
 思わずうんざりした当麻が遮るが、秀は「いいから聞けって!」と言い、質問を続けてしまった。
「あのな、当麻。じゃあ、俺らの中で、一番色気があるのは誰だと思う?」
「…………何を気色の悪い事を言ってるんだ?」
「誰だ、って聞いてるんだよ」
 何故か珍しく真剣な表情をした秀の迫力に押され、当麻は湯船で身じろいだ。
「って言うけど、そんなもん、考えるのもおぞましいぞ。むさい男集団の中で、色気なんて出されてたまるか!」
「そーだよなぁ。俺もさ、そう思ってたんだけどさぁ。なぁ、もしそんなヤツが俺達の中にいると、ホント、困っちまうと思わないか?」
 今度は本当に困ったような表情をされ、当麻はそれこそ目を白黒させた。
「そ、そりゃ、いたら困るだろうなぁ。一応、健康的な年頃の青少年だし」
「だろ? だから困ってるんだよ。そういう場合は、どうすりゃいいのか」
「……困ってんのか?」
「うん」
「……ナスティを見て、じゃ、なくて?」
「うん」
「…………あ、そう」
 思いもよらぬ秀の悩み相談に、はっきり言って当麻は面食らった。「うん」なんて、そんな簡単に言い切るなよ! ってなもんである。
 確かに健康的な男子であれば、いわゆる肉体的欲求を持つこともあるだろう。それは自然なことである。そこは納得する。だが、寄りによってこの餓鬼のような秀が、しかも仲間内の誰かに等とは、当麻の常識範囲を軽く超えてくれていた。
 理解不能だからパス。
 些か顔を引き攣らせて話題をスルーしようとした当麻に、秀が不満そうな顔を向けた。
「『あ、そう』だけかよ。親友が悩みを相談してるのに?」
「悩んでるのか? おまえが? そんなことで? ぶははっ。そんなもん、冗談にもならねぇってっ」
「だから冗談じゃないんだって」
「はいはい」
「判んねぇヤツだなぁ……」
 どんどん機嫌が降下していく秀に、当麻は漸く「本気か?」と思い始めた。確かにこんな事を言える相手など、そうそう居はしない。もし自分だったら、絶対に誰にも話したくない内容であるのは確かだ。それをコイツは、俺に言ってきたんだから……笑い飛ばしてハイ終わり、ではちょっと可哀相かもしれない。
 だが、アドバイスの仕様も無いのも確かなのだ、こんなこと。
 仕方ないなぁと思いながら、当麻は軽く両手の平を秀に見せて、笑ったことを謝った。
「判ったよ、悪かった。冗談なんかじゃないんだよな。……そうだな、困ってるなら何とか自分で処理するんだな。それ以上は何とも言えんぞ、俺はっ」
 当麻にしたら精一杯のアドバイスだったのだが、秀はそれでは満足しなかった。ちらりと上目遣いで当麻を見ると言ったのだ。
「それで足りなくなったら?」
 当麻は眩暈を感じた。
 コイツ、ほんとに本気らしいぞ、オイ。っていうか、いつからそんな事になってたんだ秀のくせに? 全く気づかなかったぞ。……こりゃ俺も、もうちょっと真剣に一緒に考えてやるべきなんだろうか、やはり?
「た……りなく、なったのか……? ってか、その相手は誰なんだよ。それを聞かないと、俺も何ともいえんぞ」
「誰だと思う?」
「あのな……」
 逆に問われて呆れた当麻だったが、やはり自分から「コイツがイイんだ」なんて言えないもんかもしれないと、思い直した。
 面倒なことを聞いてしまったと、当麻はため息をついた。が、秀のどこか期待している視線に心の中で白旗を揚げ、その「誰か」を当麻なりに考えた。とはいえ、そんなものは当麻には想像もつかないことである。それ以前に、この秀が!? という思いを拭いきれていない当麻である。
「征士は、確かに綺麗だが性格が堅苦しすぎるし、伸は気は利くが口うるさいだろ? 遼は餓鬼みたいで可愛いが、色気を感じる相手となると……なぁ、秀。やっぱ俺らの中で色気なんて誰も持ってねえって。うーん、あ、ストレスでも溜まってるんじゃないのか? 見かけによらず繊細だったんだな、秀って」
 当麻が宥めるように言うと、答えを期待していたらしい秀は、ムッとして黙り込んだ。そして、数瞬の間をおいてボソリと呟いた。
「抜けてる」
「は?」
「征士は堅苦しい、伸は口うるさい、遼は餓鬼。一人足りないだろ」
 当麻の頭の中が、一瞬、白くなった。が、震える指で、当麻は秀を指差した。
「…………おまえ?」
 だが、そんなものは間髪居れずに突っ込まれるのは当たり前である。
「俺は当事者だろうが」
 その言葉に、今度こそ当麻の頭は真っ白になった。残っているのは、あと一人しか居ないではないか。
「……。……。……。……ちょっと待て」
「判った?」
 いや、っていうか……判りたくないんですけどっ!
 と心の中では何度も言うのだが、ひくついた当麻の口は実際にはそれを果たせなかった。
 当麻はひとつ、深呼吸をした。落ち着け、俺。ってなもんである。
「秀。今日は、エイプリルフールじゃないってことは、判ってるよな?」
「当たり前だろ」
「小さいころに、教わらなかったか? 嘘は、ついちゃいけないんだぞ?」
「誰も嘘なんてついてねぇよ。それとも何か? 当麻は俺の言葉を、信じてくれないのか」
「いやいや、そういうわけじゃないんだが。うん。えー……と、何の話だっけ」
「俺らの中で、誰が一番色気があるか」
「ああ、そうそう。……色気ね」
 今や当麻は、この状況をどう回避すべきかということにしか、脳を使っていなかった。
 秀の悩みもくそもあるもんか。何とか言いくるめて落ち着かせなければ、この馬鹿を。
 当麻は、ゴホンと咳払いをした。
「あのな、秀。言っておくが、俺はそんなもんは、持ち合わせていない」
「と、本人に自覚はないんだろーけど、俺にはもうムンムン来るっつーかよぉ……」
「ばっ、馬鹿を言うなっ。この冗談は趣味が悪すぎるぞ、秀!」
 秀がなにやら真剣な瞳でにじり寄ってくるので、当麻は思わず湯船の中で腰を浮かした。
 やばいまずい、俺達今素っ裸だぞ!
 身のキケンを感じた当麻の腕はしかし、やすやすと秀の手に捕まった。
 待て、待つんだ秀ー!
 が、脂汗をかく当麻の心の絶叫は、当然秀には届かない。
「当麻。当麻と一緒にいるだけで俺、こんなになっちゃってるのに。冗談だとか思う?」
「でけぇ……。って、うわぁ、おまえどこ見てんだっ。見るなっ! 見せるなっ!!」
 切なそうな瞳で見上げられても、それとこれとは別問題である。こんなになっちゃってるブツを見せられて、この状況で誰が「はい、そうですか」などとその言葉を受け入れられるものか。
 当麻は慌てて自分の前を隠しながら、秀に背を向けた。その当麻の背を、秀の手がさすってくる。
「っうわあっ。さ、触るなっ」
 中腰というより逃げ腰で立ち上がり抵抗しようとした当麻は、その意に反して簡単に身体を返され、浴室の壁に押し付けられることとなった。
 両腕を壁に押し付けられ、すぐ目の前に秀の顔がある。……動くに動けない状況である。
「……し、秀クン? イタズラってのは、行きすぎるとちょっとマズいっていうか……」
 脂汗をダラダラ流しながら当麻が言うと、秀は今の当麻には恐ろしいほどの真剣な表情を当麻に向けた。視線をしっかり合わせてくる。
「当麻、俺らの中で、一番の馬鹿力は誰だ?」
「へ? ……し、秀……」
「よく出来ました。じゃあ抵抗してもムダだって、判るよな?」
 当麻の顔から、さっと血の気が引いた。
「……ま、待て。ちょっと待て。俺、そっちの趣味はないんですけど」
「俺だってんな趣味ねぇよ。でも身体が反応すんだから、仕方ねぇべ。なんだろな。好奇心ってやつなのかな。どう思う?」
「……もうちょっと、落ち着いて考えた方がいいと言うことだけは判るぞ。な、話ならいくらでも聞いてやるから」
 その言葉に、少しだけ秀の表情が変化した。ように見えたのは、当麻の願いがそのように見せただけだったらしい。秀の目が鋭く光った。
「おまえ、警戒するだろ。今逃がしたら、二度とこんなチャンスはないと思う。正解だろ?」
「あったりまえだのクラッカー!! 二度とこんな……あ」
「やっぱりな。まぁ、犬に噛まれたと思ってくれても良いからさ、ちょーっと大人しくしててくんねぇか」
「冗談はよし子さんだ、この奴阿呆!」
「五月蠅いな。ちょっと黙ってろよ、当麻。じゃないと、キスしてこの口塞いじまうぞ」
「っ! や、やめ……り、理不尽だ……。って、……うっ…………」
 どこが智将なのだろうか。当麻は自分でそう思った。
 当麻は、秀に言いくるめられて、そのうえ体の自由も奪われながら、その首筋に秀の唇を受け止めざるを得なかった。


「う……マテマテ。触んな、馬鹿っ」
 首筋から胸元へと、当麻の身体の自由を奪いながら口付けを落としていた秀の手が当麻自身へと伸びてきて、当麻は口を開いた。
 うっとうしそうに顔を上げ、秀が唇を尖らせる。
「触らねえと気持ちよくないだろが」
「触られる方が気持ち悪いんだ!」
「そうか? でもほら、堅くなってきてるぜぇ」
「…………っ!」
 秀の言うとおり、当麻のそこは「冗談はよし子さんだ」と思っていながらも徐々にその頭をもたげて来ていた。
 しかし、だからと言って黙っているほど俺は堕ちちゃいない。こんなこと、こんなこと、冗談じゃないぞ!
 当麻は思いつつ、秀を出来るだけ刺激しないように、下出に出てみることにする。
「……なぁ、頼む、今からでも考え直して見る気には……」
「ここまで来て、もうとまらねぇよ…………」
 当麻の目論見は当然のように即却下され、当麻を羽交い絞めにしていた秀の頭が下に下がった。
「ちょ、まてってっ……っ!」
 焦る当麻だったが、秀はとうとうソコを自らの口に含んでしまった。
「……っ……」
 当麻の身体がその意思に反して跳ね、思わぬ感覚に震える。なにやらやたらと舌を使ってくる秀に翻弄され、当麻は腰の位置にある秀の髪の毛をぎゅっと掴んで耐えるしかなかった。が。
 なんでこいつ、こんなに巧いんだ……。
 そんなことを考えてしまった当麻の身体に、新たな疼きが走ってしまった。
 いかん、違うっ。俺はこういうのは望んでいないんだってばー!
 必死でそう考え直しても、秀のテクニックはなかなかのモノで、当麻は我慢に我慢を重ねたのだが——。
「……ぁっ……っ……」
 数度身体を震わせ、とうとう当麻は秀の口にその熱を吐き出したのだった。
 絞るように最後の余韻に震える当麻を、秀はじっと見つめていた。
 当麻が「はぁっ」と大きく息をつくと、秀は当麻を浴槽に腰掛けさせた。そして、まだ朦朧としている当麻の首筋に、再び顔を埋める。
「……っ! や、やめ……待ったっ」
 イったばかりの身体に与えられる刺激に驚いて、当麻が慌てて言い募った。が、秀は煩そうな顔を当麻に向けた。
「あんだよ、うるさいなぁっ。こっからだろが!」
「……ジョ、冗談……。この流れで行くと、もしかして俺は掘られるのかっ」
 必死の形相の当麻に、秀は暫し目を瞬かせた。
「イヤか?」
「当たり前だろ!!」
「じゃあさ、おまえが俺にヤってみるか?」
「えっ!? …………」
 思いもよらぬ秀の言葉に一瞬呆けるも、当麻は悩んで頭を抱えた。
 ヤられるよりはヤる方がまだましか。いやでも、相手は秀だぞ? 秀を相手に……秀を……秀……にその気になんてなるか阿呆っ!!
 悩む当麻に与えられた時間は、僅かなものだった。ニヤリと笑みを浮かべた秀が、当麻の肩に手を置いて、耳元で囁く。
「出来ねぇんだろ? 黙ってじっとしてろ」

 その時、浴室の外から突然声が掛けられた。
「ちょっとー。二人とも大丈夫ー? ちょっと長風呂なんじゃない?」
 聞き間違う事は無い。この声は、伸である。
「!!」
 当麻は今の今自分が行ってしまった醜態を思い、身体を硬くした。だが秀は平然としたものである。
「ああ、伸かぁ? 悪ぃ。もう暫くのんびりさせてくれよー」
「ほんとにもう。子供じゃないんだから、ふざけすぎて逆上せないようにねー」
「りょーかーい」
 は、話が終ってしまう。伸が行ってしまう。今の当麻は、何でもいいからこの場から助かりたいと強く思った。
「し、しん……!」
 声を上げようとした当麻の口を、秀がすばやくその大きな手で覆った。抗議の視線を送る当麻の耳元に、秀は唇を寄せて囁くように言った。
「当麻、こんなこと伸に知られちまってもいいのか?」
 当麻はちょっとドキッとした。が、そんな事には構っていられない。何てったって、貞操の危機であるのだ。
「かまわんっ。掘られるよりはいい。大体俺は被害者……」
「俺に簡単にイかせられたって、みーんなにばれちまうな」
 男が男に「簡単にイかせられた」という事実は、年頃の青少年にしてみれば、それは大きな屈辱であったりするものだ。なりふり構わず、だった筈の当麻の心に、羞恥心が顔を出してしまった。
「き、きたねぇ……」
 呻く当麻に、秀はニッと笑った。
「大人しくしてたら、痛くないように充分配慮してやれる。諦めろ」
 そういって何やらごそごそとしだす秀に、当麻は目を見張った。
「な、な、なんで俺がッ……って、石鹸使うのかっ!? んなもん入れたら腹下すだろ!!」
「そん時は、俺がつきっきりで看病してやるよ」
「……!!」
 この世の終わりのような表情を見せた当麻に、秀がおもむろにため息をついてみせた。
「冗談だよ、そんな顔すんなよ。これだったら文句ねェだろ?」
 言いながら秀が手にしたそれを見て、当麻は呆然とした。呆れた、という表現のほうが正しいかもしれない。
「……なんだ、それは」
「嘘、知らねぇ? ……わけねぇよな。ジャーン。見ての通り、ゼリーちゃんだ!」
「おまえ、何でそんなもん持ってるんだ……」
「通販で買った。コレがないと、当麻が辛いと思ってさ。ああ、俺って優しいっ」
「って、おまえーっ。最初から俺をヤるつもりだったのかよ!」
「あれ、今頃気づいたのか、当麻? おまえってほんと、頭悪いよなぁ。そこがまたイイんだけどさ」
 言いながら、秀がずいっと当麻に迫る。
 よせ、やめろ、馬鹿っ!
 そんな当麻の言葉は声にはならなかった。大抵の事ではパニックに陥らないと思っていた当麻の自信は、今、彼の中で脆くも音を立てて崩れ落ちていた。
「ちゃんとゼリー使うから、大人しくしてろよ。悪いようにはしないから」
 この状態が既に悪いんだー!!
 その当麻の言葉もやはり、声にはならなかった。



「だから逆上せないようにね、って言いに行ったのに」
「…………」
 当麻は今、両脇を伸と征士に抱えられながら、自室のある2階へと続く階段を登っていた。此方を振り返りつつ前を行く遼が、心配そうに声を掛けてくる。
「当麻、大丈夫か? なんでまたそんな、逆上せるまで風呂に入ってたんだよ」
「全く、智将などとは名ばかりの馬鹿者だな」
「別にこうなりたくてなったんじゃねえっ! これは秀が……っ!」
 そこまで言い返した当麻の言葉が止まった。言えるわけが無いだろう。
「俺が、何だよ? 当麻?」
 背後からついてきていた秀が、余裕たっぷりに畳み掛けてきた。当然、これにも応えることなど出来るはずが無い。悔しさを噛み締めながら口を噤んだ当麻に、伸が訝しげな表情を向けた。
「当麻? 秀が、何か悪さでもしたの?」
 うっ、鋭い。
 当麻は焦ってしまった。伸は普通に「秀が何かしたのか」と訊ねたのだが、今の状況の中、当麻にしたらこの台詞は的を突きすぎていた。
「当麻?」
 黙り込んでいる当麻の顔を伸が覗き込む。
 いや、だから、そのっ……。
 焦る当麻は、なんとか言葉をひねり出そうと努力した。黙っていては、オトコにヤられてしまったことがばれてしまうー!
「し、秀が……百数えるまで出ちゃいけない、なんて言うから……」
 当麻を抱えていた伸と征士の足が、ピタリと止まった。
「まさかそれで……馬鹿正直に百数えて逆上せてフラフラになって歩けないっての? 君は馬鹿か」
「……」
「たかが百でここまで逆上せるとは。まるでガキだな」
「……」
 返す言葉が見つからない当麻に、遼が畳み掛けるように笑顔を向けてきた。
「でもさ、当麻のその、たまにすげぇ抜けてるところ、俺、好きだな」
「……」
 覚えてろよ、秀ぅぅぅっ!!
 悔しさに瞳を潤ませながら背後を振り返ると、秀は噴き出すのを堪えるのに精一杯の様子だった。
 ますます腹が立つ!
 顔を真っ赤にしながら瞳を潤ませて睨みつけてくる当麻に、秀は「悪い」とジェスチャーで示した。が、その顔は非常に満足そうであり、目を細めて嬉しそうに当麻を眺めていた。そして、おもむろに口を開いた。
「ああ、当麻が逆上せたのは俺のせいなんだよ。だから、侘びに今夜は俺が、付きっ切りで看病してやるよ」
 この言葉に動揺するのは、この中では当麻一人だろう。
「えっ、ちょ、それは……!」
 何を言い出すんだこの阿呆は!
 そんな気持ちでいるものの、思いもよらぬことの連続だったためか、当麻の口調はすっかりしどろもどろになっている。それをいいことに、秀は「だって、ほんと、俺がふざけすぎたんだから」なんて仲間に呟き、神妙な顔さえしてくれた。
「ま、妥当だね。じゃあ当麻の事は頼んだよ、秀」
「では、今夜は私は秀の部屋で休ませて貰おう」
「ああ、まかしとけって」
「良かったな、当麻っ。ゆっくり休めよ」
 当麻が脳内を漂白している間に仲間内で勝手に話は進められ、当麻の身体は伸と征士の腕から秀の腕の中へと移動した。
 なんと言っても今しがた初体験をさせられた身体は悲鳴を上げることこの上なく、当麻は力が入らない身体を自力でどうにかすることが困難である。はっと我に返った時には、当麻の身体は既に自室の中にあり、伸、征士、遼の姿がドアの向こうに消えていくところだった。
「まっ、待ってくれっ、征士っ! 大体逆上せただけなんだから、看病なんて要らないんだって!!」
 無常に閉じられたドアに向かって叫ぶも、誰も取り合う気は無いらしい。
 当麻の身体を抱えている秀が、声を顰めて囁いた。
「遠慮すんなよ、当麻。ホントに逆上せたってわけじゃないんだから、他のヤツに近くにいられるのはマズイだろ」
「……誰のせいだと思ってんだ」
「俺。だからこうして征士も遠ざけたんだろー?」
 言いながら、当麻の身体をベッドに横たえさせる。漸く姿勢を決めた当麻が、ちらりと秀を見上げた。
「そのことは、感謝する。動けないこの状態では、怪しまれるのがオチだからな。だが、おまえも不要だ。どっかいけ」
 機嫌の降下している当麻は低い声で言い募ったが、それを受ける秀の方は、身動きの取れない当麻などは痛くも怖くも無いらしい。
 それどころか、秀はなにやらとっても楽しげな顔をしている。
「照れなくてもいいって、当麻。ずっと俺が傍にいてやる」
 なんて事を言い出す始末だ。
「いらねぇってんだ!」
「俺はここにいたいんだ」
「安眠妨害だ」
「眠れないのか。そりゃ困ったな」
 何を言ってものれんに腕押しな秀に、当麻はほとほとあきれ返っていた。が、次に続いた秀の言葉に、再び瞠目を余儀なくされる。
「よし、よく眠れるように、お休みのチッスをしてやろう」
「ば、馬鹿かッ!! ……んむぅっ」
 当麻の反論の言葉ごと、秀は飲み込んだ。幾度も角度を変えて、無遠慮に深く深く蹂躙してくる秀に、当麻は抵抗の手段を見出せなかった。
 出来るわけが無い。「俺達の中で一番の馬鹿力」の秀に押さえ込まれ、しかもついさっきヤられた身体は痛々しく悲鳴を上げて、動くことを拒否しているのに。そんな当麻が頭を振ってもがいたところで、秀にしてみれば赤子の手を捻るようなものらしい。微妙に唇が離れてホッとする当麻を裏切るように、秀は何度も唇を深く合わせてきた。
 ようやく終ったときには、当麻の息はすっかり上がっていた。
「はあっ、はあっ……てめ、いい加減にしろよ……!」
 なみだ目で睨みながら口元を拭う当麻を、秀もまた親指で自分の唇をひと拭きして、その指をペロリと舐めて見せた。そしてニヤリと笑いながら、当麻の髪にその手を滑り込ませる。
「当麻……やっぱおまえイイわ。ほら、俺また勃ってきちまったよ」
 その言葉に、当麻の脳内が瞬時に暗黒に染まった。
「……っ!! や、やめてくれよ。俺はもたねぇぞっ」
「わあってるよ。そこまで無茶はさせねぇよ」
「……本当だろうな」
「本当だ。おまえが元気になるまで、我慢する」
「…………」
 その瞳に強い意志を湛えながらも嬉しそうな秀を前に、言葉を失った当麻は、青ざめる以外、何も出来なかった。



オシマイ



秀ちゃん、ハピバスデーvvv
いやぁ、とうとう秀ちゃんも30代に突入致しました!
ってことで、ああ、やっちゃいましたよ、秀当!!
当秀さんは昔見たことあったんだけど……お仲間プリーズ(苦笑)
すみません、すみません。
唯一最後の聖域と言われる事もままある永遠の少年秀麗黄も、聖の中では堕落致しました。
初めての秀当なのに、いきなりヲドリバで御座います。18菌です。
しかもちょっと強引チックでしたね。(ちょっとじゃないぞ……)
当麻、ごめん。でもアタシは痛いアナタも馬鹿なアナタも好きなのよー(殴蹴)
けど、この話では30じゃないですね、これは。こんな30のオトコ、いてたまるか。
これは高校生くらいってことにしてくださいね。
「好奇心かなぁ」ですってよ。うくくっ。かわいー、秀ちゃーんっvv(病)
当麻はなにやら散々ですが、秀が幸せだったらそれでいいのです。
一番好きなのは当麻だが、秀ちゃんだって負けず劣らず大好きなのよぉv
 
ってことで、タイトルから何から何までふざけててごめんち(苦笑)
風呂場で(一方的にではあるが)展開される恋vvv……で、バスロマン。
風呂でいい運動しちゃってお肌も心もスッキリツルツル♪
聞かれちゃうかな、入浴剤何使ったの?ってvvv……で、バスロマン(激爆)
す……すまぬ……腹掻っ捌きましょうか……。
 
とっ、とにもかくにもおめでとうなのだ、秀ちゃんーvvv
ぜぇったい、痺れるほど素敵な男性になっているのよ、彼はvvv
 
2003.09  緋桜花 聖


      
  侍騎兵 当秀